「後輩を迎えるにあたって」

皆さん、こんにちは!東大少林寺拳法部56期の鳴坂潮と申します。今回は、後輩を迎えるということについて述べさせて頂きたいと思います。
授業が終わった後、キャンパス内で先輩から勧誘を受けふらっと立ち寄り、この部活の雰囲気に魅力され、入部を決意してからちょうど1年が経つという事実に今とても驚いています。本当にあっという間の一年でした。
そして、一年が経過したということは、後輩が入って来るということです。正直なところ、自分自身、まだまだ不足しているところがあり、諸先輩方を見ていると、こんな素晴らしい先輩のようになれるのかなと不安でいっぱいです。しかし、やはり後輩を迎えることはその不安に勝るくらい楽しみでもあります。どんな後輩が入ってくるだろう…、同郷出身来るかな…と言う感じで今の時期から毎日胸を膨らませています(笑)
後輩は先輩の姿を見て行動するので、先輩は後輩に対しては責任を持たねばならないし、自身の行動も自制する必要があります。しかし、そんな中で力み過ぎず、互いを尊重し、互いに切磋琢磨して行けるような心地よい先輩と後輩の関係を築けて行ければな、と思っています。
長文、駄文でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

「勉強について」

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
この部についての紹介は他の部員に任せることとしまして、私は大学での勉強について、自分の経験をもとに書いていきます。

ご存知の通り東大の1、2年生は皆、前期教養課程に所属します。
専攻を既に心に決めている人にとっては弊害もあることながら、私自身は教養課程の存在に感謝しています。
私は当初の考えの通り法学部政治学コースに進学したものの、日本近代文学やイスラムの歴史など、自分の興味のある分野をその牽引者のもとで学ぶ時間には、またとない知の喜び、楽しさがありました。
また、専攻に縛られない多様で優秀な人々と授業を共に受けることで、すぐに専攻に入っては得られない刺激を受けることができます。
私のクラスには文科一、二類から工学部や文学部、教養学部など様々な進路を選んだ人がおり、この時期に得た刺激はその後の学問を左右する重要なものであることがわかります。

後期課程については、まだほんの入り口に立つばかりの身で語るのは恥ずかしいことですが、私の思う政治学の魅力についてお話しします。
政治学で最初に教わることは、政治学の考え方はあらゆる人の考え方、生き方に共通するということです。
最初はあまりそれを特筆すべきこととして考えていなかったのですが、大学生活における部活、サークル、その他様々な人間関係を観察していると確かに、多分に政治学的な側面を見出すことができます。
また、これまでの自分の考え方も、政治学的であったことに気づかされました。というのも、あらゆる心情の帰着や行為の結果について、後から物語付けして法則を導こうとするという自分の傾向が、政治学における推論の方法と似ていたのです。
このようにいわゆる「政治」の場と密着しているとは言い難い身近な生活の中にも、政治学的な部分は強く存在しているのであり、政治学を学ぶことはひいては自分の生きる世界をより理解することに繋がるでしょう。

世界の理解、これはあらゆる学問分野に共通する魅力だと思います。
大学での学問は高校までの勉強とは違うとよく言われます。しかし、世界の理解という視点で見れば、それを深化する場としての大学は、決してこれまで学んできたことと断絶するものではありません。ぜひひるむことなく、自分の学びたい分野を追究していってください。

皆さんの大学での学問が実りあるものとなることをお祈りしています。

55期 市原 璃音

「三年を経て」

新入生の皆さん、こんにちは!少林寺拳法部四年生の遠坂です。
今回のお題は「三年を経て」というなので、ベタに「三年を経て変わったところ」という方向性で書こうかと思ったのですが、三年を経て変わったところは挙げ始めるときりがないのでむしろ「三年を経ても変わっていないところ」という方向性で書かせていただきます。
ずばり、三年間を経ても変わっていないところは「人間的な弱さ」であると思います。
恐怖心、怠惰な気持ち、困難に対して逃げ出してしまいそうな気持ち、つい言い訳してしまいそうになる気持ち、などなど…
この三年間、先輩方、同期、後輩、家族や友人には自分のそういった弱い部分のせいで何度も迷惑をかけてしまったことかと思います。しかし、温かくもそれらを受け入れていただいたり、叱っていただいた方々には感謝してもしきれません。
そういった方々から言葉をいただく度にちゃんとしなきゃ!という気持ちになりましたし、かつていただいた言葉を思い返してはちゃんとしなきゃ!と思っています。
また、自分はこの三年間で、他の人の人間的弱さもたくさん見てきました。
そして、その人間的弱さを克服しようと努力する姿も同じくらいたくさん見てきました。そういった努力を惜しまない意識の高い人たちが部員として周りにいてくれたからこそ、自分の人間的弱さに気づくこともできたのだと思います。
やっぱり相変わらず自分のダメダメなところはしっかりと残っていますが、三年間で出会った人々のおかげでダメダメなままではいけない、自分を改めようという気持ちが少しは強くなったのかなと思います。
とても抽象的な話になってしまいましたが、要するに少林寺拳法部に入ると肉体的、精神的に成長したり、とってもいい仲間に出会えるから新入生の皆さん、ぜひとも少林寺拳法部に入ってください!ということです。
少林寺拳法部は皆さんをお待ちしております!

「一年間で得たもの」

こんにちは、56期の中川です。私は大学から少林寺拳法を始め、この一年間で様々なことを経験しました。この一年で私が得たものは大きく二つあります。一つは少林寺拳法の技術に関するもの、もう一つは人間関係に関するものです。

少林寺拳法は人を傷つけるためのものではなく、怪我を負わせず強烈な痛みにより相手の戦意を喪失させる技術であるとされています。もちろん全ての技が激しい痛みを伴うわけではなく、気がつけば掴んでいた手を解かれていたり抵抗できないような格好で地面に倒されていたりと様々です。達人の先生方の技にかかった時には感動すら覚えます。もちろんたった一年足らずの修練しか積んでいない私の技ではまだまだ人を倒すには及びませんが、そのような技法の一端を学ぶことができたのは大きな収得だと思います。また、大学の少林寺拳法部では乱捕りも盛んに取り入れており、突き蹴りによる攻防も練習します。根っこから臆病な私はなかなか上手く戦えないのですが、それでもいざという時には腹を据えて迎える覚悟は体得できたのではないかと思います。

人間関係についていえば、少林寺拳法は人づくりのための行ということもあってか非常に交流が盛んな団体であると思います。夏にある関東学連新入生合宿や、毎年の本山合宿では全国各地の大学生拳士と少林寺拳法を通じて知り合い、交流することができます。また渉外という役職になると、他大の方達と協力して大会の運営を行うことになります。出稽古もあり、他の大学の方がお越しになることや、こちらから伺うこともよくあります。少林寺拳法を通して幅広く知り合いができるのです。しかしやはり何と言っても一番強いつながりは、直接指導してくださった先輩方や共に練習を行ってきた同期との絆であると思っています。引退した後でも顔を合わせば会話が弾むOB、OGの先輩方を見ていると、部活以外の場でも色々とお世話になった先輩方や、辛い中でもお互いに鼓舞し合って切り抜けてきた同期との関係は生涯続くものと思われます。

これから新たな生活が始まる新入生のみなさんへ、ここまで読んでいただき少しでも私たちの部に興味を持っていただけたなら、ぜひ一度体験練習にお越しください。お待ちしております。