部員の声「経験者から見た少林寺拳法部の魅力」

こんにちは、53期の新保和樹です。僕は高校から少林寺拳法を始め、現在七年目になります。高校と大学でかなり内容は異なっており、個人的には大学の方が様々な魅力があると感じています。
まず、技の豊富さです。経験者の場合三年生には三段をとれます。その分様々な技に触れられますし、大会でも演武の技の組み合わせが多く投げ技も高段位に多くあるためダイナミックな構成が組めます。これは経験者の特権といって良いでしょう。春にある本部合宿ではそれらの技の本質に迫った指導をしていただき感動の連続でした。ぜひお楽しみにしていただければと思います。
次に、成長の機会です。経験者は入ってすぐに初段や二段以上の部で出場することになりますが、その部ではインターハイ出場者がゴロゴロいます。そんな中で他大学と競うことになるわけですので、それ相応の練習は必要ですが、その分成長スピードは大きいことは間違いありません。団体演武に入ったり、先輩と組むことも経験者の方が圧倒的に多かったりと、成長の機会には恵まれています。
他には、経験者として同期に技を教えてほしいと言われることも多々あるため、指導の機会も早い時期から多くあると感じています。人に説明する際には自分なりにわかりやすいように要約する必要があり、その際に今まで気づかなかったことにハッと気づくこともありますし、自分の動きについて見つめなおす機会でもあります。自分も仲間も成長できる良い機会です。
正直、努力の量に関して経験者はかなり求められることは間違いないですが、それを通じて得るものはかけがえのないものですし、努力が賞という結果になって自分に返ってきたときの嬉しさは言葉になりません。努力の分だけ涙はありましたが、それ以上に笑顔もありました。こればかりは経験してみないと分かりません(笑)
何より僕はこの少林寺拳法部に入り、価値観やモノの見方が変わり、憧れの先輩方、頼りでかつ愉快な同期、かわいい後輩達に出会え、非常に充実した大学生活を送れていると実感しています。

53期 新保 和樹

部員の声「後輩を迎えるにあたって」

早いもので、入部してから1年が経ち、後輩を迎える立場になりました。今回、後輩を迎えるにあたって思ったことが2つあります。1つは後輩への指導について、もう1つは後輩からの刺激についてです。

東京大学運動会少林寺拳法部の特徴は何よりその運営方法、指導方法にあると私は感じています。幹部の先輩方がすべて練習内容を決め、指導して下さります。特に指導に関しては先輩が付きっきりになって、体の動かし方など基本的な部分から丁寧に指導して下さります。そのため、全くの初心者から始めても効率的に技術を向上させることが可能です。今回、先輩になるにあたって、私も指導する立場になります。今まで指導していただいたことをしっかりと後輩に伝えていきたいと思いますし、工夫してより良い形で伝えていけるように精進していきたいと考えています。

また、後輩の存在が自身の練習に良い刺激を与えてくれると考えています。後輩を持つということは、追いかけられる立場になるということです。今までは先輩をがむしゃらに追いかけてきましたが、これからは後輩をそのように引っ張っていかなければいけません。そのためにも今までよりさらに練習を重ね、技術面でも、練習への取り組み方でも後輩の見本となれることが重要なことだと感じています。

新歓期はいろいろなことが経験できる大きなチャンスです。様々な団体に積極的に顔を出して新しい体験をたくさんしてみてください。その中の一つとして少林寺拳法部ものぞいてもらえると嬉しいです。きっと新鮮な体験ができると思います。
皆さんが来てくれることを心待ちにしています。

55期 星子瑛治

部員の声「勉強について」

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

これから皆さんには、人生で最も楽しいといわれる時間の一つである「大学生」という時間が待っています。その中には本当にたくさんの要素が含まれています。部活、サークル、恋愛、友人、アルバイト、趣味……。これらはそれぞれ、縁がある人とない人が分かれる要素ですが、他に、必ず誰もが対面する要素が存在します。「勉強」です。

大学はそもそも勉強、研究する場所ですから、勉強は不可避であり、それをしなければ卒業できません。誰一人、逃げられないのです。さらに大学での勉強は今までの高校での勉強のようにはいきません。高校の勉強は「指導要領」という絶対的な境界があり、検定を受けた教科書の内容さえ完璧に理解しておけば困ることはないのですが、大学はそのような統一的な教科書はなく、授業で教員が話したことがそのまま試験で問われます。先生の考えが少数派であることも多々あります。大学の勉強は非常に漠然とした世界なのです。

ここで当然の疑問が生じます。大学の授業で勉強する知識に意味はあるのでしょうか。この問いに対して、「意味がある」と理想的な解答をしたところで、大学では、この先の人生で絶対必要のない知識を必死に勉強することになるのは紛れもない事実です。(「教養学部」を全員修了しなければならない東大は特に)。結局、大学の授業で勉強する知識に意味は「ない」と言わざるを得ません。私も「前期教養学部などさっさと廃止して、専門科目のみにした方がよい」と思っていました。

しかし、これらはすべて「知識」のみに関して考えた場合の話です。勉強することの目的にはもう一つ、重要なものがあります。生きていくために必要な「考え方」を身に着けることです。

今、大学入学後2年経過し、部活内での役職をこなしたり、アルバイトをしたりするようになって、高校生の時までは意識もしたことがなかったような能力が求められるのを感じています。集団の中で機能するための能力。相手に自分の考えを正確に伝える能力。話したことのない人とどうにかして打ち解ける能力。人間は他人との関わりなしには生きていけないのですから、これらは当然に必要とされます。ではこれらの能力を身に着けるのに必要なものは何か。それは「多種多様な考え方」です。

私たちはどんなに気を付けていても、つい自分がもともと持っている考え方を唯一の軸として他人と関わってしまい、それにより建設的な議論が失われてしまうことがしばしばあります。しかし、大学の授業では上述の通り教員の話すことが全てなので、その考えが自分と合っていようがいまいが、否応なしにそれを学ぶことになります。つまり自分とは異なる考え方を無理やりにでも多く学ぶことになるのです。その時は大きな苦痛でしかなくても、ここで学んだ多種多様な考え方は、多種多様な人間と関わる中で常に自分を助けてくれます。私も現在、授業で学んだ知識はすっかり忘れても、そこで知った考え方の大切さを実感することが驚くほど多くなってきています。

どうせ4年間することになる勉強ですから、ただそれを負担とするだけでなく、「世の中にはこんな個性的な考え方をする人もいるのか」ということを探究するつもりで勉強と向き合ってみたら、少しは楽しくなるのではないでしょうか。

54期 本多 立季

部員の声「大学生活について」

新入生の皆さん、合格おめでとうございます。皆さんの中には大学生活に夢を膨らませると同時に、開かれすぎた世界に放り出され、不安に押しつぶされそうになっている人も多いのではないでしょうか。私もその一人で、初めての一人暮らし、授業の取り方もわからない、サークルの数は多すぎるし、聞ける友達も全然いない、、、。(暗すぎますね笑)そんな状態でした。そんな状態で、1か月という短い期間に自分にぴったり合うサークル選びをなんてまず無理だと思います。じゃあどうしたらいいのでしょう?焦って選んだサークルで違和感を感じつつ4年間を過ごしたくなんてないですよね。その答えの一つとして、私は、絞らずやりたいこと全部に挑戦してみたらいいと思います。挑戦してみて、自分に合う活動・団体をゆっくり探せばいい。かくいう私も新入生の頃はとりあえずたくさんのサークルに所属し、たくさんのサークルを辞めました笑。大学生活に慣れてきて、2年生の後半になって新たに始めたサークルもあります。焦らずゆっくり選べばいいんです。運動会に入るとそれしか活動できないと言う人がいるかもしれません。でも運動会ならではの経験もある。運動会でしか活動できない「かも」という思い込みで、はじめの1か月で運動会の選択肢を絞ってしまうなんてもったいないと思いませんか?少林寺拳法部はしっかりOFF期間が設けられているので、兼サーはおろか、海外旅行にだって行けます。皆さんの描く大学生活の、はじめの選択肢の一つとして、少林寺拳法部が残ってくれれば嬉しいです。

54期 山田梨紗